SSブログ

近所の一杯飲み屋 [食の抽斗]

  サンダル履きで家からちょっと一杯引っかけに、気軽に行ける店が欲しい、なんて探し求めて早
20年、今の今まで残念ながら見つける事が出来ずじまいでした。見つけるどころか反対に、一軒消
えまた一軒と、どんどんなくなって行くお店を見送りながらギブアップ宣言をして、もっぱら会社の近く
の開拓に精を出しているところです。

しかし、なかなかこれというお店が見つからないもので、あっちへ行っては期待を裏切られ、こっちへ
いっても帯に短しなんとかで、連敗記録を更新中です。そんな中、毎日乗ってるバスから見える一軒
の奇妙なお店の奇妙な看板が、以前から妙に気になっていて、いつかチャンスを見てトライしてやろ
うと、その時をうかがっていたところ、昨晩ついに決行へと相成りました。

現在の場所に居を構えてから二十数年、この地域の住民と胸を張ってもはばからない長さではあり
ますから、地域の変化とういうものにはその好奇心も手伝って、かなり精通していると自負はして
おります。そこでこのお店、私が越して来た頃は萬屋さんで、買い洩らしたり急に必要になった物を
調達する、よくどこにでもあったレトロ・コンビニでした。

ところが本物のコンビニが周りに登場し出すと、やはりその影響は多大だったようで、何年か前に
突然お店を閉めてしまったのでした。それがまた突然、昨年秋急に息を吹き返し、何やらおっぱじめ
たなと、この近所では結構インパクトがあったらしいです。チャッカリとバスから見える傍の他人さんの
土地の木に(持ち主了承済みです)手書きのPOPを括りつけたり、赤ちょうちんをぶら下げてみたりと
毎月のように一つ二つと看板やPOPが増えていきます。

     『ちょっと熱燗で一杯いかが?』

新作の赤っぽい電飾自立型看板に、ついに私の心構えのスイッチがオンとなり、勇気を振り絞って
のれんをくぐる、と言いたいところなんですがここの大将、POPに気を取られ過ぎたのか、肝心ののれ
んを付け忘れ(?)たみたいで、なぜがアルミサッシの扉をガラガラして中へと入って行きました。

インテリアはよくある町の定食屋さん。壁一杯に張り出されたお酒と肴の手書きメニューとPOP達。
何気に達筆なので自我陶酔と言うところなんでしょうね。誰もいないだろうと(大将、ごめん!)タカを
くくって入ったらやっぱり居ました、カウンターの常連客。ほら、仕事上がりの親方風の・・・・・・。
もとよりカウンター派の私はその親方のとなりへお邪魔です。

恐らくネクタイ絞めてコートを着た客は初めてだったのか、とにかく自然に振る舞おうとする涙ぐましい
二人の様子がなぜが緊張を解してくれました。座らないうちにとりあえず生を一杯注文して、あとは
お通しが来るであろうからそれを肴にしながら、小学校の教室に張り出された習字のようなお手製の
メニューに目をキョロキョロさせて、キタナトランにでも出せそうなこの店一押しを探してみることに
しました。

が、なかなか目に留まるインパクトがあるものが探し出せない。ビールはとりあえず注文できても
料理はやはり取りあえずではいけません。焦りにも似たものが迫ってくるのを感じたところで、チン!
と音がして煮物のお通しが助け舟を出してくれました。

ふと我に返ると、隣に居る親方はオーディエンスが増えたこともあってか、ますます饒舌となってこの
地域で店の大将と共にやっている、自分たちの活動のプレゼンが始まってしまいました。何度も聞か
されているのか、大将の相づちがかなりヤッツケな分、自分に課せられた任務が多大な様な錯覚が
襲って来て、相づちに気を取られてしまった分、未だメニューが選べずじまい状態に陥ります。
その時ふと親方の手元を見たら、入れ立てのいいちこボトルと空になったお通しの碗、それと一向に
減らないお湯割りミニジョッキしかない。

安心して腰も度胸もすっかり据わったところで、大将の後ろでとろ火にかけられたアルマイト製の2つ
の鍋が視界に入ったので中身を聞いてみたところ、サバの味噌煮と豚汁ですとの返答。
サバの味噌煮は本日の『おすすめ』だったのです。

サバが登場する前に既に空となった『ちょっと熱燗フレーズ』の一合が、妙に早回りして来てもうほろ
酔いとなりますが、サバと共にもう一合。親方はプレゼンの合間に時折、壁掛けTVのNHKニュース
へ訳の分らん突っ込みを入れたりで、私の酔いの回りも加速度を増します。

するとそこへ大将が、『これ、サービスです』と、二人に豚汁を振る舞ってくれます。

親方の饒舌振りも最高潮となるも、ちゃかり豚汁は速攻で片づけてしまってます。恐るべし奴め。
私の舌もすっかり滑らかになったところで、恐れ多くも親方をイジリながらローカルな話題へと移して
小一時間。そろそろ潮時かとお勘定をお願いして帰り支度を始めたところへ親方から、

     今度、この店先で花見やっからおいでよ

の一言を頂戴して、『嗚呼、私もやっと地域に溶け込むことが出来たんだな』とは、それこそ訳の分ら
ん酔っ払いの戯言か?二人にまた来ますと挨拶してアルミ戸をくぐり抜け(?)ました。

今朝、いつもと何ら変わらない、いつものバスがこの店の前を通った時、昨晩のことが何となく宮崎駿
ワールドのように思え、思わずニヤリ。
そしてそこには赤の電気が消えた 『ちょっと熱燗で一杯いかが?』 の看板がしっかりと立っている
のでした。


nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

nice! 6

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。